ミュージカルについて4

かくして本番は終わった。

終わった途端に涙、涙だった。

体力的にはその頃は平気だったものの精神的不安が強かった。

果たして私の音楽は受け入れられたのか…

 

実はもう一つ大きな懸念事項があったのだ。

ミュージカル発足当時から関わっていた合唱団の指導者が、怒っていたのだ。

なんでどこの馬の骨ともわからないような人間を作曲に起用したか、と。

 

演奏が終わり、その人が現れた。

「すごいよかったよ。特に◯◯◯の合唱の編曲は1流だ」

また泣いた。

 

それから3年間、このミュージカルは連続上演されることになる。

特に、地元スタッフをはじめ関西方面のプロスタッフの方々がいつも口ずさんでくれた。

「上萬先生、ええ曲書くねえ」って。

 

そして、ビデオが脚本の先生に届けられた。

驚いた事に、これを機会に鹿野を離れる、とおっしゃっていた菅沼先生が音楽を聴いて復帰を望まれたのだ。

その後数年間、可愛がってもらった。

数年後の鹿野ミュージカルの本番が終わった3日後、他界された。

一番最後に一緒に仕事をさせてもらったのは今でも誇りである…

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