ミュージカルについて1

私がミュージカルと関わりを持ち出したのは今から15年前にさかのぼる。

鹿野町(しかのちょう:現在鳥取市)の鹿野ふるさとミュージカルが最初である。

 

当時、私は保育園の保育士をしていた。

27〜28歳くらいの時である。

6月、一本の電話が職場にはいる。懐かしの黒電話だ。

相手は高校吹奏楽部の同級生。彼は鹿野町の役場の職員をしていた。

高校卒業以来くらい久しぶりに2人で話をした。なんで電話かけてきたんだろう?と思いながら。

 

彼はいきなりこう言った「ミュージカルの作曲をしてみんか?」。

鹿野ミュージカルの事は知っていた。

なんでも元宝塚歌劇団の作曲家が鹿野に別荘を持っていた関係で音楽祭が始まり、やがてミュージカルとなり、規模が大きくなり、演出家やら音響照明、カツラなど、一流のプロがどんどん入ってきたという、地方にしては本格的な人が集まったミュージカルだ。

私は反射的に言った。たしかこんな言葉だった。

「俺がやっていいだか」

もちろん「やる」事を念頭においた言葉の勢いである。

 

同級生の彼は困っていたのだ。

というのも、作曲家の先生がかなりの高齢であり、新作の制作をする事が決まっていたが直前に脳卒中か何かで倒れられたのだ。

医者から、頭を使う事は控えるよう止められ(よくわからんけど)、誰か替わりの人を探していたようだ。

そこで、高校時代に作曲活動をしていた私に白羽の矢が立ったわけである(もう一つの要因はお金もなかったことがあると思われる)

 

その後、今までのビデオを見せてもらった。

「これより、いいのを作ればいいんだろ」

なぜか、自信満々だった。若い時は根拠のない自信は必要だ。

 

かくして私が作曲を引き受ける事になり、台本があがるのを待つ事になった。

これが苦難の始まりだった…

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コメント: 1
  • #1

    Evangelina Bode (金曜日, 03 2月 2017 05:18)


    Stunning quest there. What occurred after? Good luck!